「ミームいろいろ夢の旅」(知らないだろうなァ) [こ〜んなシュミも。。!?]
はじめにおことわりしておきます。
とんでもない昔のハナシです。
まだ、時代が昭和の頃
毎週日曜日のお子様向け良識番組の時間帯に
放映されていた とあるアニメ番組
おそらく知っている人はいないでしょう
「ミームいろいろ夢の旅」
ミームという謎の愛くるしい生物が
情報網が発達した輝かしい近未来の
世界へと我々を案内してくれるんだけど
確か
ミームとゆーのは情報工学の単位じゃなかったかと
思うんだけど、そんなことはどーでもいー話で
別に事件も起きないし、
カッコいいキャラも出てこない
毒にもクスリにもならない男の子と女の子が
そう遠く無い将来、実現しているだろう通信機器を
使って電話の先にある未来の情報通信の姿を描く
・・というのが番組のコンセプトだったらしい
当時、プッシュホンが世にあったけど
まだ「ネットワーク」というコトバさえ
それほど一般化してない時代だったから
毎回とりあげる題材も
せいぜいが「テレビ電話」とか「ファクシミリ」どまり・・・
だったのだが、
最後の方になって、突然 番組が進化する
視覚化されたネットワークの中を飛び回ってる
ミームが謎のキーワードを発する
「アイ・エヌ・エスというコトバを
覚えておいてね」
番組の内容が急に専門的になったのだ!!
インターネットすらまだ世にない時代に、
ネットワーク=通信網という概念を
視覚的に分かりやすく図示して見せるのだから!!!
ともかく
そういう概念をみている我々に植え付けたのだ
よく覚えてないけど、きっとキャプテンとか
動画の配信とか、そういう話が出たと思う。
「キャプテン」(=CAPTAIN)というのはね、
当時最先端を行ってた双方向性通信のシステムで
今、まさにホットな話題となっているSTB
すなわち、セットトップボックスの先駆者だね。
つまり、テレビに専用の端末をつなぐことで
提供されたサービスにアクセスできる仕組みのことだ。
その端末は大きめのTVリコモンのような形をしていて
これで文字を入力して返すこともできたハズだ。
昔、TOQは新宿サブナードの一角にあった
NTTのサービス・ステーションで実際に
この端末を触ってみたことがあるんだ。
何故か「ぴあ」が提供していたサービスで
「ポートピア殺人事件」のお試し版をやってみたり、、
でも、デジタル特有の荒い作画にはやや失望。。
インタラクティヴ性もボタンで番号を選ぶだけ。
それでも、刑事になったプレイヤーが2度目に
バーに聞き込みにいくと「また、あんたなの?」
とプンプンするような演出には感心したけど、、
ちょっと脱線したけど、
扱う題材が、意外にも専門的なものばかりで
どれもが現在は実験段階だが、近い将来必ず
商用利用が可能になる(ハズ)という技術
それもそのハズ、この番組のスポンサーは
民営化が軌道に乗りはじめたNTTだった!
つまり、番組丸ごと
自社の通信サービス(提供予定を含む)のカタログ
だったのだ!!
今、考えるとよくもまぁ
こんな大胆な企画が通ったものだと思う。
世の中に光ファイバーはあっただろうけど、
まだ(公衆網に接続されない)専用線のみで
パソコン通信が300ボーという速度がやっと
CAPTAIN(キャプテン)だって東京三鷹市で
実験段階の頃だったんじゃないかなぁ
ミームが発した謎のキーワード
INSというのは、おそらく
I インフォメーション
N ネットワーク
S サービス
の略じゃなかいかと。。。
その後NTTは「ISDN」というサービスを始めますよね。
そして、ブロードバンド大衆化を経て、
各家庭に直接光ファイバーが届く時代へと
ミームが描いてみせた情報通信の未来の姿は、
それ以上に進化して我々の前に実現しているのです。
と、ここで終わればキレイだったけど
せっかくだから「キャプテン」の話を続けようか。
当時の最先端の技術、なんと
家庭のテレビが「ニューメディア」の端末になる!!
だから、解像度が低いモニタで文字が視認できるように
キャプテンの画面には独特のフォントが使われてました。
例えて言うなら、「初期ワープロの16ドットの文字」
みたいな荒い字体。。
今では時代の徒花となったキャプテンですが
実は関東圏ではそのシステムがつい最近まで
JRの車内ディスプレイにニュース等を表示
する仕組みに使われていましたね〜♪
あの独特なカタカナのフォント(半角しかない)
は、ひと目みればソレとわかるし、画面上部に
必ず情報の提供元名と「画面番号/全画面数」
が表示されていたから。
三鷹市の実験の時にはセンタと各家庭を専用の
光ファイバーケーブルで結んで実現してたのが
移動中の車内で見られる様になるとはねぇ。。
それでも
現在、デジタル放送やケーブルテレビでようやく実現
したことが、かなり前から実験されていたのだ。
勿論、インタラクティヴ性についてはインターネット
には到底敵わないし、紙芝居の様な静止画だけなので
残念ながら、今でいう「コンテンツ」が一般大衆には
さして魅力的でなかったせいなのか、実証実験だけで
消えてしまったキャプテン。
じゃあ なぜ、実験候補地が三鷹市だったのか?
答―そこに武蔵野通信研究所があったから。
電電公社武蔵野通信研究所
(現在は、NTT武蔵野研究開発センタといいます)
長いこと日本のデジタル研究の最先端を行ってたのが
武蔵野通研(むさしのつーけん)だったんだろうと思う。
ここは、電話の交換機技術の発展を担ってきたところ
機械式の「ステップバイステップ」⇒「クロスバー」
そして電子式の「電子交換機」の時代へと進む中で、
純国産の電子計算機(コンピューター)「DIPS」を
完成させ、全国の電話交換局に普及させた。
なんせDIPS(ディップス)マシンの頭文字「D」は、
「電電公社」の「D」なのだから、いかに先進的かが
わかるってもんだ。民営化される前の通研はきっと
日本のデジタル技術の総本山だっただろう。
残念ながら、その後DIPSマシンは性能向上の
時代の波についていけず、TOQがNTTの仕事
をしていた頃に全廃されてしまうのですが、、、
その他にも
電話伝送網の改良の研究の中でPCM方式を実用化
伝送信号誤り訂正の技術を向上させたり、電話局間
中継のマイクロウェーヴ伝送技術の向上とか、、
現在、正月の「箱根駅伝」があれほど奇麗な映像
で見られるようになったのは、あの地の伝送路が
整備されたからだとNTTの人からきいたことが
あります
そうした通研の技術の一部は、東京大手町にあった
「電気通信技術館」で実際に目にすることができて
そうした最先端の技術が大好きだったTOQは、
何度もこの博物館に足を運び、目を輝かせて見たものです。
後に初めて「マイクロ・コンピュータ」と出会ったのも
ここじゃなかったかなぁ〜
それにしても―
キャプテンはなぜ、時代の寵児となれなかったんでしょうねぇ。
この話、続きます。
もっとも明日は通信網のハナシは出てこないんですが、、、(汗)
とんでもない昔のハナシです。
まだ、時代が昭和の頃
毎週日曜日のお子様向け良識番組の時間帯に
放映されていた とあるアニメ番組
おそらく知っている人はいないでしょう
「ミームいろいろ夢の旅」
ミームという謎の愛くるしい生物が
情報網が発達した輝かしい近未来の
世界へと我々を案内してくれるんだけど
確か
ミームとゆーのは情報工学の単位じゃなかったかと
思うんだけど、そんなことはどーでもいー話で
別に事件も起きないし、
カッコいいキャラも出てこない
毒にもクスリにもならない男の子と女の子が
そう遠く無い将来、実現しているだろう通信機器を
使って電話の先にある未来の情報通信の姿を描く
・・というのが番組のコンセプトだったらしい
当時、プッシュホンが世にあったけど
まだ「ネットワーク」というコトバさえ
それほど一般化してない時代だったから
毎回とりあげる題材も
せいぜいが「テレビ電話」とか「ファクシミリ」どまり・・・
だったのだが、
最後の方になって、突然 番組が進化する
視覚化されたネットワークの中を飛び回ってる
ミームが謎のキーワードを発する
「アイ・エヌ・エスというコトバを
覚えておいてね」
番組の内容が急に専門的になったのだ!!
インターネットすらまだ世にない時代に、
ネットワーク=通信網という概念を
視覚的に分かりやすく図示して見せるのだから!!!
ともかく
そういう概念をみている我々に植え付けたのだ
よく覚えてないけど、きっとキャプテンとか
動画の配信とか、そういう話が出たと思う。
「キャプテン」(=CAPTAIN)というのはね、
当時最先端を行ってた双方向性通信のシステムで
今、まさにホットな話題となっているSTB
すなわち、セットトップボックスの先駆者だね。
つまり、テレビに専用の端末をつなぐことで
提供されたサービスにアクセスできる仕組みのことだ。
その端末は大きめのTVリコモンのような形をしていて
これで文字を入力して返すこともできたハズだ。
昔、TOQは新宿サブナードの一角にあった
NTTのサービス・ステーションで実際に
この端末を触ってみたことがあるんだ。
何故か「ぴあ」が提供していたサービスで
「ポートピア殺人事件」のお試し版をやってみたり、、
でも、デジタル特有の荒い作画にはやや失望。。
インタラクティヴ性もボタンで番号を選ぶだけ。
それでも、刑事になったプレイヤーが2度目に
バーに聞き込みにいくと「また、あんたなの?」
とプンプンするような演出には感心したけど、、
ちょっと脱線したけど、
扱う題材が、意外にも専門的なものばかりで
どれもが現在は実験段階だが、近い将来必ず
商用利用が可能になる(ハズ)という技術
それもそのハズ、この番組のスポンサーは
民営化が軌道に乗りはじめたNTTだった!
つまり、番組丸ごと
自社の通信サービス(提供予定を含む)のカタログ
だったのだ!!
今、考えるとよくもまぁ
こんな大胆な企画が通ったものだと思う。
世の中に光ファイバーはあっただろうけど、
まだ(公衆網に接続されない)専用線のみで
パソコン通信が300ボーという速度がやっと
CAPTAIN(キャプテン)だって東京三鷹市で
実験段階の頃だったんじゃないかなぁ
ミームが発した謎のキーワード
INSというのは、おそらく
I インフォメーション
N ネットワーク
S サービス
の略じゃなかいかと。。。
その後NTTは「ISDN」というサービスを始めますよね。
そして、ブロードバンド大衆化を経て、
各家庭に直接光ファイバーが届く時代へと
ミームが描いてみせた情報通信の未来の姿は、
それ以上に進化して我々の前に実現しているのです。
と、ここで終わればキレイだったけど
せっかくだから「キャプテン」の話を続けようか。
当時の最先端の技術、なんと
家庭のテレビが「ニューメディア」の端末になる!!
だから、解像度が低いモニタで文字が視認できるように
キャプテンの画面には独特のフォントが使われてました。
例えて言うなら、「初期ワープロの16ドットの文字」
みたいな荒い字体。。
今では時代の徒花となったキャプテンですが
実は関東圏ではそのシステムがつい最近まで
JRの車内ディスプレイにニュース等を表示
する仕組みに使われていましたね〜♪
あの独特なカタカナのフォント(半角しかない)
は、ひと目みればソレとわかるし、画面上部に
必ず情報の提供元名と「画面番号/全画面数」
が表示されていたから。
三鷹市の実験の時にはセンタと各家庭を専用の
光ファイバーケーブルで結んで実現してたのが
移動中の車内で見られる様になるとはねぇ。。
それでも
現在、デジタル放送やケーブルテレビでようやく実現
したことが、かなり前から実験されていたのだ。
勿論、インタラクティヴ性についてはインターネット
には到底敵わないし、紙芝居の様な静止画だけなので
残念ながら、今でいう「コンテンツ」が一般大衆には
さして魅力的でなかったせいなのか、実証実験だけで
消えてしまったキャプテン。
じゃあ なぜ、実験候補地が三鷹市だったのか?
答―そこに武蔵野通信研究所があったから。
電電公社武蔵野通信研究所
(現在は、NTT武蔵野研究開発センタといいます)
長いこと日本のデジタル研究の最先端を行ってたのが
武蔵野通研(むさしのつーけん)だったんだろうと思う。
ここは、電話の交換機技術の発展を担ってきたところ
機械式の「ステップバイステップ」⇒「クロスバー」
そして電子式の「電子交換機」の時代へと進む中で、
純国産の電子計算機(コンピューター)「DIPS」を
完成させ、全国の電話交換局に普及させた。
なんせDIPS(ディップス)マシンの頭文字「D」は、
「電電公社」の「D」なのだから、いかに先進的かが
わかるってもんだ。民営化される前の通研はきっと
日本のデジタル技術の総本山だっただろう。
残念ながら、その後DIPSマシンは性能向上の
時代の波についていけず、TOQがNTTの仕事
をしていた頃に全廃されてしまうのですが、、、
その他にも
電話伝送網の改良の研究の中でPCM方式を実用化
伝送信号誤り訂正の技術を向上させたり、電話局間
中継のマイクロウェーヴ伝送技術の向上とか、、
現在、正月の「箱根駅伝」があれほど奇麗な映像
で見られるようになったのは、あの地の伝送路が
整備されたからだとNTTの人からきいたことが
あります
そうした通研の技術の一部は、東京大手町にあった
「電気通信技術館」で実際に目にすることができて
そうした最先端の技術が大好きだったTOQは、
何度もこの博物館に足を運び、目を輝かせて見たものです。
後に初めて「マイクロ・コンピュータ」と出会ったのも
ここじゃなかったかなぁ〜
それにしても―
キャプテンはなぜ、時代の寵児となれなかったんでしょうねぇ。
この話、続きます。
もっとも明日は通信網のハナシは出てこないんですが、、、(汗)



















「ミームいろいろ夢の旅」でググっててここにきました。
科学好きの小学生には誰よりも最先端の科学を知るいい番組でした。
当時友達にこの番組が理解できるものはいなかったし、理解できても興味を示さないのが関の山でした。
今でもハッキリ覚えているのが声紋認証や指紋認証でロックする家庭用のドアロックでした。
覚えてるってことは相当ワクワクしたんでしょうね。当時の僕は。
by 三浦周時 (2009-02-18 02:34)
◯三浦周時さま
よ、よくぞ、ググって見つけて下さいました!!
「恐らく誰も知らないだろうなぁ」と思いつつ、書き始めると
もう当時のことを次々と思い出してきて、こんなに長い記事に
なったのですが、予想通りアクセス数は低かったんですよ〜。
だから、まさか当時見ていた同志にネットで出会えるとは(*o*)
夢にも思ってませんでした!! もう、カンゲキです。
実を言うと番組タイトルも「・・夢の旅」で合っていたかなぁ、
とウロ覚えだったのですよ(笑)でも、INSのハナシの印象が
あまりにも強烈で、、そこからTOQの過去のハナシにつなげ
これだけ深みのある記事は誰にも出来ないだろうと自負してます。
コメントをありがとうごいざいました(^^)/
by TOQ (2009-02-19 00:02)
はじめまして。
子供の頃に見た記憶で、
「アニメ 1980年代 科学 ピンクの髪 空を飛ぶ」と検索すると、2chで
「ミームいろいろ夢の旅」と言うタイトルが見つかりました。
「ミームいろいろ夢の旅」で再検索すると、このページが見つかりました。
内容はすっかり忘れていたので、ここのページで、内容を再確認しましたw
どこかにこのアニメ、レンタルされていないかなぁww
by R (2010-03-20 12:02)
◯Rさま
ようこそ、このページへ。なにしろ昭和の時代の話ですし、
私自身はアニメの内容の記憶自体が曖昧なので周辺のこと
ばかり書いた記事なのですが、おかげさまで番組名で検索
して多くの方に訪れていただいています。
映像をお探しならようつべさんにいくと見ること出来ます♪
by TOQ (2010-03-22 01:00)
管理人どの、初めまして。ことゆきと申します。
「ミームいろいろ夢の旅」は本当に面白いアニメですね。
この作品では129話中、3部作に構成されており、1話から51話(特番の13話を含む)までが大谷兄弟編、52話から102話(特番の100話を含む)までが科学探偵団編、そして103話から最終回の129話までが続・科学探偵団編で構成されましたね。
印象に残るものはいっぱいありあすが、なかでも傑作なのが大谷兄弟編の光のお話でおばあさんになったさやかのお話、あれはもう笑いすぎるぐらい面白かったです。また科学探偵団編で大空兄弟の母親がダイエットに失敗してお相撲太りになった、いうお話も面白かったですね。
僕はこういった昔のアニメは大好きですね(昔の特撮ドラマや一搬ドラマもそうですけど)。この「ミーム」も大好きな昔の作品の一つです。
学力低下の今の子供達にも見せてやりたい作品ですね。
(どうせならアニマックスで放送したり、どこかのメーカーで低価格のDVDで出してほしいです!)
YOUTUBEでも見られますが、どうせならもっともっと増やしてほしいですね。ちなみに声優の前田ちあきさん(「ときメモ2」シリーズの佐倉楓子役)も「ミーム」をよく見てました、と話っていました。
by ことゆき (2011-03-28 01:20)
◯ことゆきさん
記事を公開して2年以上経ってますが、おかげさまで
いまだに多くの方が「ミームいろいろ夢の旅」という
番組のタイトル名でググって、このページを見つけて
下さっています。苦労して検索して「ミーム」に再会
できた方たちのサロンとしての役割も果たせていると
したら、記事を公開した者として喜びに堪えません☆
そうした方たちにとって、ことゆきさんがWIKIでなく
コチラにコメントとして提供して下さった情報もまた
懐かしい記憶を辿る一助となってくれることでしょう。
ありがとうございます。
by TOQ (2011-03-29 22:10)
私もこの番組を見ていて、強く印象に残っている者の一人です。
番組放映期間中に、スポンサーの電電公社がNTTに民営化されたように記憶しております。特に初期の頃の内容は、発明・発見の先駆者たちのポケットに、ミームがトランスポートして、偉人達と会話しながらその業績を分かりやすく紹介するという、現在でも充分鑑賞に堪える内容でした。
「ミーム」 = 社会的遺伝子 という意味、らしいです。
管理人様は、「電気通信技術館」へよく行かれたとのことでしたが、私は大阪の四ツ橋にあった「市立電気科学館」(現在は移転して、大阪市立科学館)に通いづめの小学生でした。
この電気科学館は、昭和初期に、大阪市電気局(現在の交通局)が、昭和の初めに設立したもので、当時の電気・通信技術の粋を集めた展示と、「東洋一の、世界で25番目のプラネタリウム(カール・ツァイス社製)」として市民に広く親しまれたものです。その後戦時統制のもと、電気局の配電事業は関西電力に、通信技術は電電公社に統合吸収されましたが、この博物館は大阪市の事業として残り、平成の初めまでずっと同じ建物で、市民のランドマークとして記憶に残っているものと思います(跡地は、オリックス・インというシティホテルが建っているのですが、最上部は旧建物のプラネタリウムを連想させるドーム状となってます)。
昔も現在も、この博物館に資金と展示を提供しているのが、関西電力とNTTなわけです。
昨今の報道で、関電の筆頭株主が大阪市なのは、こういう歴史的背景があるのです。
話がそれましたが、番組放映時期の電電公社民営化直前に「大阪築城400年まつり」というイベントがありまして、ここで全国で初めて、緑の公衆電話がお目見えし、記念テレカにオドロキのプレミアが付いているというお話...この頃建設された、隣接する大阪城ホールでは、NECパソコンフェア(PC-98全盛の時代!)や、大阪エレクトロニクスショー(東京・大阪の交互開催だった)などが開かれていて、MSXマシン(パナの「キングコング」CF-16やら、ソニーの「ヒットビット」HB-75)やらを展示してまして。
私にとっては、とっても思い出深い、80年代前半なのでありました。
by kmori1965 (2012-01-14 17:40)
◯kmori1965さま
よくぞ、当記事を御訪問下さいました!確かに、今もし
レンタルされていれば、日頃使っている携帯やネットの
仕組みと歴史を教えてくれる番組だと思いますね。ただ
TOQが見始めたのは、NTTになってからと記憶して
ますので、初期の頃の偉人伝は知らないのです。
そうですか。電電公社の他に各地で通信技術は芽吹いて
いたのですね。TOQは、電話と電報だけだと思ってた
電電公社の技術力の高さに完全にノックアウトされて!
企画展示がある度に、大手町に通い詰めたのですよ〜♪
で、その後は秋葉原にも立ち寄る・・と。工作と回路が
苦手で電気少年には成り損ねましたが、少ない小遣いで
買わずに見て回るのが好きでした。。って、アニメの話
出て来ないっ(汗と笑)コメントありがとうございました(^^)/
by TOQ (2012-01-15 01:32)